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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)5257号 判決

原告 株式会社コマ・スタジアム

右代表者代表取締役 松岡辰郎

右訴訟代理人弁護士 懸樋正雄

右訴訟復代理人弁護士 大西昭一郎

被告 土定高明

右訴訟代理人弁護士 貝塚次郎

主文

被告は原告に対し、別紙目録記載の店舗の明渡をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、第一項にかぎり、原告が金五〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一、申立

一  原告

1  被告は原告に対し別紙目録記載の家屋から退去してこれを明渡し、かつ昭和四五年三月一日から右明渡ずみに至るまで、一か月金五万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

2  主文第三項同旨

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  原告は別紙目録記載の店舗(以下本件店舗という)を所有している。

二  昭和四三年一二月一日原告は被告に対し本件店舗を賃料一か月金五万五〇〇〇円の約で賃貸した。

三  ところが、本件店舗はコマスタジアム内の映画館とダンスホールの出入口にあるため、原告は淀橋消防署より本件店舗は災害時の避難の障害となるからこれを他に移動するか撤去されたい旨の通告をうけ、すみやかに本件店舗を撤去してその場所を空地とするため、昭和四四年一一月二〇日原被告は右賃貸借契約を合意解除した。

四  右解除契約において、原告は本件店舗の近くの所有地に一戸建で三店舗を収容できる新建物を建設し、その中央の店舗(以下新店舗という)三・六八坪を賃貸し、被告は右新店舗の建築(店舗内装工事を除く)が完成し、営業可能となった日から三日以内に本件店舗を原告に明渡すことが約された。

五  原告は、同年一二月二五日右新店舗の建築を完成したので、被告に対しその旨を何回となく通告し、新店舗に入店方を催告したのであるが、被告は内装工事費がないとか、色々と言を左右にして新店舗への入店を拒否し続け、その内装工事といっても厨房設備の取付・什器備品の搬入設置・その他若干の意匠を施す程度のものにすぎないので、原告は昭和四五年一月二一日付書面で被告に対し、同年同月三〇日までに内装工事を完了し、同年二月一日から新店舗で営業を開始し、同年二月四日までに本件店舗を明渡すよう催告した。それにもかかわらず、被告は同年二月末頃から同年三月六日にかけて再三にわたり新店舗に入店する意思のないことを表明し、もって、内装工事を施して新店舗を完成させる見込すらもなくなった。

六  よって、本件店舗の明渡と、昭和四五年三月一日から明渡ずみに至るまで一か月金五万五〇〇〇円の賃料相当損害金の支払を求める。

第二請求原因に対する答弁

一  請求原因第一、二項の事実を認める。

二  請求原因第三、四項につき、原告主張の理由で被告が、原告から本件店舗の明渡を求められ、かつ、その代替として新店舗賃貸の申出をうけたこと、および従前被告の代理人として弁護士松本治雄が被告と共に原告との間の店舗移転関係につき、原告と話合をなし、原告主張の日に右松本弁護士が原告主張の「新賃貸借契約書」に被告代理人として署名したことは認める。ただし、これにより本件店舗の賃貸借契約が解除となったことは、これを争う。

三  請求原因第五項につき、原告が被告に対し、新店舗への入店を求めて来たこと、また、その主張の催告をなして来たこと、ならびに新店舗の内装工事は被告の負担でなすべき約であったことは認めるが、原告が昭和四四年一二月二五日までに新店舗の建築を完成したことは知らない。なお、被告が新店舗に入店の意思のないことを表明したとの点についての答弁は、後記載六「再抗弁に対する答弁」記載のとおりである。

仮に、原告主張の如き新店舗の賃貸借契約が成立しているとしても、被告が新店舗に移転して本件店舗を明渡すべき時期は、新店舗における営業が可能となったときから三日後であるところ、未だ新店舗について内装工事が完成していなくて営業可能の状態になっていないから、期限未到来である。ちなみに、右内装工事の費用は約金一〇〇万円を要し、被告はこれを即時支出できる能力がなかったので、その兄に貸与方を申入れ、右兄が昭和四五年夏頃迄にその所有不動産を処分してその代金を貸与して呉れることになっており、右事実は原告の担当社員滝本某に昭和四五年一月頃から度々告知してあったものである。

第三抗弁

原被告間の契約においては、被告が本件店舗を明渡すためには、新店舗に被告が移転できる状態を原告において作出しておくことを先給付とするものであるところ、原告は最近新店舗を第三者に賃貸し、もって被告がこれに内装工事を施工した上移転することを不可能ならしめた。従って、原告は先給付たる反対給付を履行していないから未だ明渡の義務はない。

第四抗弁に対する答弁

原告が新店舗を第三者に賃貸したことは認めるが、被告の本件店舗明渡と、原告の新店舗提供とが相互に反対給付の関係(対価関係)にあり、原告の新店舗提供が先給付の関係にある旨約したことはないし、また、理論上もそのような関係にあることを否定する。

第五再抗弁

被告は、昭和四五年二月末頃原告に対し「新店舗に入る意思はない。私はもう入らないから、誰にでも貸して呉れ。」と通告し、更に同年三月六日には原告あて内容証明郵便で重ねて新店舗に移転する意思のないことを明らかにし、以て新店舗提供の請求権を放棄した。

第六再抗弁に対する答弁

被告が「新店舗に移る気はない。」と言ったのは、真意はなかったが、仮りに表示の外形上真意であると認められるとしても、それは要するに現店舗の明渡をしないということを述べたまでであり、「新店舗提供」という反対給付請求権を放棄したものではない。

第七証拠関係≪省略≫

理由

原告が本件店舗を所有し、昭和四三年一二月一日以来これを被告に賃貸して来たこと、その後原告が請求原因第三項記載の事由があることを理由に被告に対し本件店舗の明渡を申出で、これに対し被告が弁護士松本治雄に代理権を授与して同代理人と原告間で話合をした結果、昭和四四年一一月二〇日右店舗移転関係につき右被告代理人と原告間に「契約書」が作成されたことは当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫によれば、右契約書の内容は左記のとおりである。

株式会社コマスタジアム(以下甲という)と土定高明(以下乙という)との間に甲所有の建物の明渡に関して左の通り和解契約を締結する。

第一条 甲と乙との間に昭和四三年一二月一日に締結した甲所有の建物にかかる賃貸借契約は本日限り合意解除する。

第二条 乙は甲に対し右建物を新宿娯楽会館花道側三戸のうち中央面積三・六八坪の新築店舗完成し、営業可能となった日から三日以内に明渡すものとする。

第三条 前条店舗の賃貸借条件は左の通りとする。

(1)  建築協力金なし

(2)  敷金 賃料の一ヶ年分

(3)  賃料 坪当り金一万四千円

(4)  期間 一ヶ年

(5)  その他は甲使用の賃貸借契約と同一条件とする。

第四条 第二条の新築店舗については、甲はモルタル仕上、電気、水道、ガス工事はメーターまでの工事、床はPタイル仕上げ、を甲の負担において行うものとし、乙は店舗内装工事を乙の負担において行うものとする。

右事実と≪証拠省略≫を総合すると、原被告間の本件店舗賃貸借契約は、被告本人において内心多少の不満は残したものの窮極的には本人自身十分に了承の上、昭和四一年一一月二〇日前記契約書作成によって同日限り合意解除され、被告の本件店舗明渡時期については前記契約書第二条の文書どおりの不確定期限が設けられ、その期限到来まで被告の明渡義務の履行が猶予されたこと、また、右不確定期限については初め原告は確定的に昭和四四年一二月二五日までに明渡してもらいたい旨希望しその線で話が進んでいたのであるが、被告が終り頃になってクリスマスは現状のままで営業したいし年末から正月にかけて引越も出来ないから、被告が新店舗を任意開店するまでは言わないが、内装工事に要する合理的な期間も必要なのでその期間を含めてもらいたい旨申入れ、原告が譲歩して右申入れに応じ、その結果前記文言どおりの約定になったこと、そして、原告は昭和四四年一二月二五日までに前記契約書第四条の約定どおりの新店舗の建築工事を了した上、被告においていつでも内装工事に着手して移転できる状態になった旨を、被告に告げて、新店舗の提供をなしたこと、被告の営業形態はコーヒースタンドであって本件店舗内の内装品を新店舗内に持ち込みガス・水道等を接続すれば最少限度の設備はととのうものであって、内装工事も被告の希望によりすでに原告側で床のPタイル仕上げまで施工ずみであるので、その余の工事といっても大工事を要するものではなく、その工事に要する合理的期間は一〇日間もかかるものではなく、従って前期不確定期限は遅くとも昭和四五年一月一〇日頃には到来したものであることを、それぞれ認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

次に本件店舗と新店舗提供との関係であるが、前記契約書記載の各条項を総合的に判断しても、また、前掲証拠によって右契約が成立するに至った過程を見てみても、新店舗の提供は公平の観念上本件店舗の明渡しに対し先給付の関係(前記不確定期限到来後は同時履行の関係)に立つと解すべきである。しかしながら、≪証拠省略≫によると、被告は昭和四五年二月頃原告の支配人滝上滋敏から早く内装工事費の工面をして新店舗に入って欲しい旨催促をうけた際新店舗に入る意思はない旨言明し、更に同年三月六日付内容証明郵便で敢えて前記認定の合意解除の成立を否定する弁を弄して本件店舗の明渡を意思のないことを明らかにし、右内容証明郵便を受取った原告支配人が重ねて「折角新店舗を造ったから入店して欲しい」旨申し入れたが、被告はこれに対しても「わたしはもう入らないから誰にでも貸してもらって結構である。」旨何度も繰返し明確に言明し、その態度を固持して譲らなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。被告は右言明は真意でなかったと主張するが、かかる被告の主張を認むべき証拠はなく、況して原告において被告の言明が真意でないことを知っていた旨の何らの主張立証もない。かくして、被告は新店舗賃貸借契約上の賃借権を自ら放棄したものであるから、必然的に前示同時履行の抗弁権も喪失し、もはや原告に対し本件店舗の明渡の履行を拒絶する何らの法的根拠も有しないものであり、したがって原告の本訴請求中右明渡を求める部分は理由があり、正当である。

次に、原告は被告に対し昭和四五年三月一日から本件店舗明渡ずみまで一か月金五万五〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求めるのであるが、原告が被告から本件店舗の明渡をうけたあかつきには、原告において可及的速やかに同店舗を取毀し、防災対策上その場所を空間として保持する必要があり、またその予定であることは、原告の自ら陳べるところであるから、本件店舗の使用収益が妨げられる損害たる賃料相当額を損害として主張することは、主張自体理由がなく、そのほかに、被告の明渡義務の履行遅滞によって原告の蒙るべき他の損害ないし損失については、何らの主張立証もないから、原告の本訴請求中、前記金員の支払を求める部分は、理由がなく失当といわなければならない。

よって、原告の請求中正当な部分を認容し、失当な部分を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条但書を適用し、また、≪証拠省略≫によって認められるように本件店舗は映画館およびダンスホールからの出入口にあたるところに在って災害時の避難の障害となるおそれがあるため出来るだけ早くこれを撤去する必要性があるので、原告勝訴部分にかぎり担保を条件とする仮執行の宣言を附するものとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 安井章)

〈以下省略〉

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